なぜ、人生を変えたければまず「靴みがき」をするべきなのか

「おい、起きろや」

ある日の朝、聞き慣れない声に目を覚ます。重いまぶたを開けるとそこにはヘンな奴が!!というシーンから始まる『夢をかなえるゾウ』。

自己啓発本の大ベストセラーで、読んだことはなくとも、タイトルくらいは耳にしたことがある人が多いのではないでしょうか。

たしかに、一度耳にするとなぜか心に残る不思議なタイトルです。

そして、主人公はいきなり現れたそのヘンな奴に「靴みがき」をさせられることになります。それも、ただ単にさせられるというのではなく、「夢をかなえる」ためにさせられるのです。

もちろん、主人公は靴磨き職人を目指しているわけではありません。

一見関係なさそうですが、「靴みがき」が「夢をかなえる」こととどう関係するのでしょうか。この記事では、その関係を明らかにしたいと思います。

これまで靴磨きをあまりしたことがない方、あるいは一時期やっていたけどやめてしまったという方のきっかけになれば幸いです。

ある日ガネーシャから命じられる「靴みがき」

はじめに、本を読んだことがない方のために『夢をかなえるゾウ』について軽くご紹介しておきます。

冒頭に登場したヘンな奴の正体は、ただの「ゾウ」ではなく、頭がゾウで胴体が人間の「ガネーシャ」というインドの神様です。

主人公は、自分が「普通」であることに嫌気がさし「俺は人生を変える!」と思いつつも、なかなか行動には移せない、という感じの若いサラリーマンです。

そんなところに突然ガネーシャが現れ、色々アドバイスをもらいながら人生を変えていくという設定です。

この手の本には珍しく、ストーリー仕立てになっていて、主人公とガネーシャの会話を楽しみながら読み進めることができます。

特徴的なのが、ガネーシャが一日一つ課題を主人公に与え、それを主人公が実行すると同時に、読者も現実にその課題を実行しよう、というところです。

ガネーシャは「トイレ掃除をする」「お参りにいく」など、毎日主人公に一つ課題を与えます。それを読者も一緒にやりましょう、そうすることで自然と自分の夢を実現する力が身につきます、というわけです。

このガネーシャというのが、ぽっちゃり系でタバコを吸い、関西弁を話すという神様らしからぬ曲者キャラなのも面白いです。モーツァルトやピカソ、孔子からビル・ゲイツに至るまで歴史的なキーパーソンはすべてワシが育てた的なことを自慢してきます。

ちなみに軽くググってみたところ、ガネーシャというのはヒンドゥー教の神様で、ゾウにもかかわらずネズミに乗って移動するらしいです。

ネズミというのは欲望の象徴で、それを乗りこなす、つまり欲望をコントロールするということを表しているのだとか。

私は最初、大勢のネズミの上に絨毯みたいに座っている絵を想像したのですが、そうではなく、一匹のネズミの上に片足立ちで直立で乗るそうです。

また、ガネーシャの牙は片方折れているそうです。いつものようにネズミに乗って散歩していたところ、道端に突然ヘビが現れ、ネズミが驚いた拍子にガネーシャが転んでしまい、転んだ衝撃で折れてしまった、という悲しい伝説があるそうです。

インドでも最大級のガネーシャ像。お腹に巻き付いている緑の奴がその時のヘビらしいです。あと、折れた牙を左手にお持ちです。

身体がピンク色なのは、おそらくお酒を飲んでるからだと思います(勝手な想像)。

すこし話が逸れました… そんなガネーシャが最初に主人公に与える課題、それこそが「靴みがき」です。

つまり、夢をかなえる力を身につけたければまず靴を磨け、と命じるわけです。

夢を邪魔するネズミの心

さて、ガネーシャが命じる「靴みがき」。

靴磨きが、夢をかなえることとどう関係するのか、順を追って説明したいと思います。

まずは、靴磨きから一旦離れて「夢をかなえる」ということについて考えてみます。

『夢をかなえるゾウ』の冒頭では、変わりたいのに変われなかったこれまでの自分を振り返り、主人公が以下のように語るシーンがあります。

今まで、僕は何度も何度も、変わろうと決心してきた。目標を決めて毎日必ず実行しようと思ったり、仕事が終わって家に帰ってきてから勉強しようと思うのだけれど、でもだめだった。「やってやる!」そう思ってテンションが上がってる時はいいけれど、結局何も続かなくて、三日坊主で終わってしまって

うう… 心中お察しします… 私も三日坊主で終わったことは数え切れません。

この三日坊主で終わってしまうというのは、核心をつかれた!という感じがします。

つまり、多くの場合、夢をかなえるために何をするべきかわかっていながら、それが実行できないということです。

たとえば、「モテるようになりたい」という夢があるとしましょう(卑近な例ですみません)。

そして、モテるためには、まずこのたるんだボディを何とかしてスリムにしなければ、と考え「痩せる」ことを目標にするとします。あるいは、「半年で 10kg 痩せる」とか、もうすこし具体的な目標かもしれません。

その目標に対して、たとえば、「毎日食べていた間食(お菓子)をやめる」というプランを立てるとします。

ここまでは、おそらく多くの人がたどり着けるのでしょう。人によっては、「三日に一回 5km のランニングをする」とか、そういうプランになるかもしれませんが、中身は違えど何かしら実行するべきことを決める、というのはたいていの人ができるのではないでしょうか。

問題はそのプランが実行できないということです。

目標の決め方やプランの立て方というも、それはそれで大きなテーマではありますが、当然ながら、立てたプランを実行できなければ意味がありません。

プランを実行できない理由は、お菓子の例で言えば食べたい欲に負けてしまった、ランニングの例で言えばダラダラしたい、怠けたい欲に負けてしまったなど、私だったらたぶんそういう理由で続かないでしょう。

誰でも、お菓子を食べなければ、あるいはランニングを続ければ痩せることはわかっています。しかし、「食べたい」「休みたい」という目の前の欲望に負けてしまいます。

「モテたい」というのも欲望には違いありませんが、自分にとってはかなえたい夢です。

ガネーシャがネズミを制するがごとく、かなえたい夢を邪魔する目の前の欲望を制することができなければ、夢は夢のまま終わってしまいます。

ネズミに打ち負かされるゾウ

目の前の欲望は意志の力で克服することができます。心理学では、「自制心(セルフコントロール)」と呼ばれたりします。

自制心が弱ければ、「お菓子を食べたい」のを我慢することができません。

では、自制心が強ければ我慢できるのでしょうか。

ガネーシャクラスの自制心をもってすれば、「お菓子を食べたい」なんて欲は簡単にはねのけられるように思えます。

しかし、そうとも限らないのです。

実は、最新の心理学では、自制心は「筋肉」のようなものだと考えられてはじめています。

すなわち、筋肉と同じように負荷がかかると疲労し、一時的に弱くなってしまうということです。

どれだけ筋肉が強くても、限界までダンベル上げした直後にはたった 1 回ですら上げるのが難しくなるのと同じように、どれだけ自制心が強くても、それを酷使した直後には、たった一口のお菓子を我慢することすら難しくなるということです。

1990 年代に心理学者のロウ・バウマイスターらがおこなったこんな実験があります。

  • 被験者の学生たちには、あらかじめ空腹状態になっておいてもらいます。
  • ある部屋のテーブルに、チョコレートが盛られたお皿と生のラディッシュ(生で食べるとマズい)が盛られたお皿を用意しておきます。
  • 学生には一人で部屋に入ってもらい、A グループにはチョコレートを食べるように、B グループにはラディッシュを食べるように指示します。
  • その後、両グループの学生たちに解くのが不可能なパズルゲームをしてもらい、「どのくらいの時間で解くのを諦めるか」を計測します。
  • 結果は、チョコレートを食べた A グループの学生たちが平均で 20 分ほど、生ラディッシュを食べた B グループの学生たちは平均 8 分ほどで諦めるという結果になりました。

筋肉理論で言えば、B グループの学生たちはチョコを我慢することに自制心を使ってしまったので、パズルを解くのに使える自制心が弱くなり、結果パズルを解くのを早く諦めた、というわけです。

自制心は、意外にも色んなことに使うようで、上司からの嫌味攻撃に耐える、会議中に睡魔と闘う、といったことだけでなく、メールを一本書いたり、コンビニで買うものを選んだりといった些細なことでも自制心を消耗することがわかっています。

仕事や勉強で忙しい一日を過ごした後は、自制心を使い果たしてしまっている状態になります。

仕事が忙しくなってくると何となく部屋が散らかってきたり、食べたいものを我慢できなくなったり、禁煙中にもかかわらずタバコを吸ってしまったり… 心当たりのある方もいらっしゃるのではないでしょうか。

日常的にするべきことに自制心を使い果たしてしまっていたり、そもそも自制心が弱かったり、そういう理由で、夢をかなえるために立てられたプランは実行されないまま終わってしまうのです。

ゾウの心を鍛える

自制心は、筋肉と同じように鍛えることで強くなります(逆に鍛えなければ衰えます)。

生まれつきの才能ではなく、誰でも鍛えることで強くできます。

すこしずつ自制心を鍛えて強くしていくことで、日々の生活で自制心を使い切るということがなくなり、夢をかなえるために立てたプランに自制心を使えるようになります。

自制心を鍛えるには、すこしだけ努力が必要な行動を生活に取り入れることが有効だと言われています。

これは自制心が筋肉と同じようなものだと考えれば納得できます。

普段運動していない人がいきなりフルマラソンを走るのは無理ですし、仮に走れたとしても翌日は筋肉痛で動けなくなるでしょう。

それと同じように、大きな努力が必要な行動は、そもそもできなかったり、できたとしても自制心を使い果たしてしまって日常生活に支障をきたすことになってしまったり(仕事や勉強に集中できないなど)しかねません。

ここまできて、ようやく繋がりました。

ガネーシャから最初に命じられる課題「靴みがき」。

これこそ、自制心を鍛えるにはピッタリの行動なのです!

おそらく、多くの人にとって靴磨きは自ら進んでやりたいことではないでしょう。

とはいえ、大きな努力を必要とするものではありません。

本当に最低限であれば、道具はブラシだけで事足りますし、時間も 1 分くらいあれば十分です。

ランニングみたいに疲れることもありません。

ただし、毎日する必要があります。

これほど自制心を鍛える最初のステップに適した行動はないのではないでしょうか!

『夢をかなえるゾウ』では、その後「食事を腹八分におさえる」「トイレ掃除をする」など、より自制心を使うような課題が与えられるようになります。

すこしずつ自制心を鍛え、その後に与えられる課題をクリアできるように、ガネーシャは最初に「靴みがき」を命じるのではないでしょうか!

どうですか!

ガネーシャすごくないですか?

いつもたらふく食べている人に「食事を腹八分におさえる」なんて最初に命じても、きっとできないだろうことを見抜いています。

靴磨きを実行する自制心すらなければ、夢をかなえるなんて夢のまた夢なのでしょう。

しかし、靴磨きを始めることで、すこしずつ自制心が鍛えられ、鍛えられた自制心でもって「食事を腹八分におさえる」ことができるようになったり、「トイレ掃除をする」ことができるようになったりするのでしょう。

そうして目の前の欲望を打ち負かし続けることができるようになれば、いつか夢をかなえられる日が来るのかもしれません。

ガネーシャばりにネズミを乗りこなせるようになる日を目指して。

靴みがき、ぜひやりませんか?

参考:忙しい人のための簡単にできる革靴のお手入れ

あとがき

最後までお付き合いいただきありがとうございました!

なんとなくウソっぽいですか?

もちろんウソをついているわけではないのです。ただ、私の魂胆は夢をかなえる云々をお伝えすることではなく、単に靴好き仲間が欲しいだけだったりします。笑

靴は、身につけるもののなかで一番地面に近いです。泥や砂やほこり等に常にさらされています。

靴を磨くときくらいでないと、靴をまじまじと見る機会ってあまりないと思いますが、よく見ると、意外と汚れていることに気がつきます。

汚れた靴をきれいにして履くと、なんとなく気分が上がりますし、だんだんと靴が好きになります。

なので、なんとなくダマされているような気がした方も、ダマサれたと思ってぜひやりましょう!

P.S.

全然関係ないのですが、ピンク色のゾウと聞くと、酔っ払ったダンボが見る夢のシーンを思い出してしまうのは私だけでしょうか…

改めて観るとかなりカオスな映像です。笑

ちなみにダンボの相棒もネズミでしたね!

この記事を書いた人

カタオカケン

東京在住、靴作りに勤しむ 27 歳です。作るのはもちろん、靴を眺めたり、靴を磨いたりするのも好きです。鏡面磨きはなかなか上手くできません。

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